読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

大和実践会

日本人の心身をより良くするための情報や和多志の氣付きを発信しています。

スポンサーリンク

大東亜戦争を勉強し始めて感じたこと

f:id:gutsmakky:20170423104338j:plain

今日は、大和実践会の初めてのイベント「みんなで学ぼう大和の心『大東亜戦争を話し合おう!』」を開催しました。

 

参加者は主催者の和多志一人だけだったので、大東亜戦争について自習をしていました。

 

そこで改めて思ったのは、「自分は本当に何も知らないんだな(^_^;)」ということです。

 

福沢諭吉が何をした人なのかも知らなかったし、西郷隆盛が何藩出身かも知りませんでした。(^_^;)

 

本当に何も知らないまま大人になってしまったんだな〜と恥ずかしい思いになりました。

 

それと、彼らが何をしたのか調べていると「蘭学」「兵法」「幕臣」「臣下」「藩士」「国事」などなど、知らない、もしくはハッキリ分からない日本語が出てくるので、またそれも調べなければならず、2ページ足らずの内容に2時間もかかってしまいました。

 

でも、これ多分、和多志だけじゃないと思うんですよね。

 

何にせよ、こういう日本語も予備知識として知っておかないと、大東亜戦争のことがしっかり分からないんだな〜と改めて感じました。

 

一氣に全てを理解するのは無理なので、地道にコツコツ学んでいこうと思います。

『工夫』と『忍耐』が理想の人生を形作る。

f:id:gutsmakky:20170422174339j:plain

 

和多志は今年32歳ですが、20歳の頃にある古武術の先生に出会ってから工夫することが大事だ!工夫が全てだ!!と思い込んで生きてきました。

 

しかし、12年経った今それだけでは不十分、無理だと氣付きました。

 

何が無理かというと、理想の人生を形作るには工夫することだけでは不可能だと悟ったからです。

 

もちろん、工夫することも大切です。でも、工夫することだけ考えると、少し嫌なことがあっても「こういう風にすればもっと楽にできるのでは?」と考え過ぎてしまい、結局嫌なことから逃げる人生になっていました。

 

そのことを最近感じていて、今日ハッキリと悟りました。

 

『工夫だけでは無理だ』と。

 

そこで、今まで嫌だ嫌だと思っていた、「我慢」と「忍耐」ということも理想の人生を形作るには必須だと氣付きました。

 

常識的に考えれば、”当たり前”のことだと思いますが、和多志はそれが今まで分かりませんでした。本当に恥ずかしい話です。(^_^;)

 

どうして和多志が工夫だけでは無理だと悟ったかというと、「工夫する」という言葉の裏に、「楽をしたい」「努力したくない」「怠けたい」「苦労したくない」「疲れるのは嫌だ」などの怠け心が隠れていたからです。それを12年間見抜けなかったです。

 

だから、どれだけ工夫をしていても一向に理想の人生を形作れない。という現象が起こってました。

 

もちろん、工夫することは大切なことです。それは否定しません。

 

でも、工夫するという言葉にあぐらをかき、怠け心を助長していては物事を成し遂げることはできない。今回本当にこう思いました。

 

工夫はしつつも、辛いとき、思うように物事が進まないとき、やる氣が思うように出ないときには、「忍耐」と「我慢」が必要になってきます。辛い状況に耐えるということですね。

 

この精神があってはじめて、工夫したことが活きてくるじゃないかなと思います。

 

戦前の日本人にはこの両方の精神(工夫と忍耐)があったと思います。そうでなければ、アメリカを始め、連合国に原爆を2発も落とさせるほど追い詰めることはできなかったでしょう。

 

和多志は自分の理想の人生を形作るためにも、日本人の心を少しでもよくするためにも、武士道精神の復活が必須だと感じています。

 

それは、武士道精神には、工夫と忍耐の教えがあると思うからです。

 

 

これからは、工夫することに加え、忍耐すること我慢することを学び身に付けていきます。

 

目標を一つ設定したら、その目標を完遂するまでは何があっても諦めない!そういう強い心を作ることが、理想の人生を形作るには必須だと切実に思います。

 

ただ、いきなりハードルの高い目標を設定してしまうと途中で挫折してしまいます。それは、まだそこまで心が強くないからです。

 

だから、小さい目標でいいからそれを何があっても最後までやり抜く!!そして、一つ一つ小さい目標を達成していくことで、ジワジワと理想の人生を形作れる精神力や人格に育っていくんだと感じています。

本当の豊かさとは!?

僕は20歳から約10年間ずっとお金が沢山あることが豊かなことだと思って生きてきました。

でも、そんな人生は虚しかったです。

僕の考えでは、お金は人生を生きる上でのツールです。道具ということですね。

 

とても便利な道具ではあるけれど、これをどれだけ持っていても心が満たされることはありません。

 

僕が求めるのは、自分の家族を幸せにするだけの財力は必要だということです。

人間はこの肉体が不可欠だし、心を健康に幸せに保つにも、食べ物や家族団欒の時間は重要です。

 

こういったことを保つにもお金は必要です。なので、幸せな生活を送るため、ある程度のお金は稼がないといけません。

 

僕は不労所得を得ることが必要だと思っていました。

 

お金と時間の自由が得られれば、住む場所も自由に選べるし、心にも余裕がもてると思っていたんですね。

でもこれは間違いでした。

 

何かを得られたから心が満たされるのではなく、今この瞬間に満足できる心のあり方にすることが本当の豊かさだということに氣付きました。

 

今までは、外に外に求めることで心を満たそう、物理的に自由になろう、そうすれば家族とも余裕をもって接することができるかな。

 

そのように思っていました。

 

しかし、そうじゃなかったんですね。

本当に求めるべきは自分の内側だったんです。心に自由を作り、心に豊かさを作り、心に平安を作る。

 

だからこそ、その心のあり方に見合った現実が引き寄せられてくる。そうしてどんどん幸せの階段を登っていくことができる。

 

求めるべきは自分の内側。外側じゃない。

 

僕はこのことに氣付くのに31年かかりました。(生まれてから数えて)

 

でもこれからの日本人にはもっともっと早く氣付いてもらいたいと思い、この記事を書いています。

 

今の日本人の多くが心を大切にするようになれば、自然と世の中は良くなっていきます。

 

微力ながら、和多志のこのブログサイトが、日本人の心の発展に貢献できればこれほど嬉しいことはありません。

スポンサーリンク